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福岡地方裁判所 昭和54年(ワ)2520号 判決

主文

1  被告が訴外丸喜産業株式会社を債務者として別紙物件目録記載の有体動産に対してなした福岡地方裁判所昭和五四年(執イ)第三二六五号先取特権にもとづく有体動産競売申立事件の競売手続はこれを許さない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、訴外丸喜産業株式会社(以下「訴外会社」という。)に対して売り渡した別紙物件目録記載の有体動産(以下「本件物件」という。)につき、動産売買の先取特権を有していると主張して、昭和五四年一二月福岡地方裁判所執行官に対し、右先取特権に基づき本件物件の競売申立をなし(福岡地方裁判所(執イ)第三二六五号事件)、同月一九日本件物件の競売期日は同年一二月二六日と指定された。

2  しかし、本件物件は、次のとおり、原告が訴外会社から譲渡担保契約によりその所有権を取得し、かつ占有改定によつて引渡を受けたものである。

(一) 原告は、昭和五〇年二月一日、訴外会社との間で、次の根譲渡担保契約(以下「本件譲渡担保契約」という。)を締結した。

(1) 訴外会社は、原告に対して負担する現在および将来の商品代金、手形金、損害金、前受金その他一切の債務につき、その弁済を担保するため、左記保管場所に所在する普通棒鋼、異形棒鋼等一切の在庫商品(以下「担保物件」という。)を極度額二〇億円の根譲渡担保として、その所有権を内外ともに原告に移転し、占有改定の方法により原告にその引渡を完了する。

保管場所

(イ) 福岡県粕屋郡志免町大字田富字荒木三四六番の一、同番の二、三四七番の一、同番の二、三四八番の一所在

訴外会社第一倉庫内及び同敷地、ヤード内

(ロ) 同所三四五番の一、三四四番の一、三四三番の一、三四九番の一所在

訴外会社第二倉庫内及び同敷地、ヤード内

(ハ) 同町大字田富字八ノ坪三八六番の一、三八五番、三七九番の一、三八〇番所在

訴外会社第三倉庫内及び同敷地、ヤード内

(ニ) 同町大字田富字荒木三五三番の一、三五四番、三五五番、三五六番、三五七番所在

訴外会社第四倉庫内及び同敷地、ヤード内

(2) 訴外会社が将来担保物件と同種または類似の物件を製造または取得したときは、原則としてすべて保管場所に搬入保管し、これらの物件も当然自動的に譲渡担保の目的物件となることを予め承諾する。

(二) 原告は、訴外会社に対し、普通棒鋼、異形棒鋼、普通鋼々材等を継続して売渡し、その売掛代金は、昭和五四年一一月三〇日現在で三〇億一七八七万〇三一一円に達している。

(三) 訴外会社は、本件物件を被告から買い受けて、前記保管場所へ搬入した。

3  よつて、原告は、所有権に基づき、被告がなした本件物件に対する前記競売手続の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実はすべて否認する。但し、同2(二)の事実は知らない、同2(三)の事実のうち、訴外会社が被告から本件物件を買い受けたことは認める。

三  被告の主張

1  本件譲渡担保契約における目的物の特定について

本件物件のような集合動産が譲渡担保の目的となりうるには、その目的物の範囲が特定されなければならないが、目的物の特定につき、当事者間の取引による物件または債務者が所有する物件に関してはこれを比較的ゆるやかに解しうるとしても、設定者が営業活動の過程において日々商品を購入・販売する場合は、その店舗、倉庫に存する商品は、種類、数量、価額が毎日のように増減変動するから、本件譲渡担保契約では、契約成立時に目的物件が特定されているとはいえない。

従つて、本件譲渡担保契約は、将来の一定の時期に設定者たる訴外会社の所有する商品をその債務額に見合つて特定し、その譲渡担保の目的となるべき商品の所有権を移転する趣旨の契約と解すべきであるが、右のとおり、集合物は流動性のあるものであるから、集合物について譲渡担保権を設定するためには、その種類、所在場所、量的範囲の指定により目的物を特定する必要があり(特に異型棒鋼は、各種の製品があるから、その呼び名(D10~D35)で特定すべきである。)、その具体的方法として、毎月一定の日にこれらを確認すべきであつて、その確認を怠つたときは、譲渡担保の目的物、所在場所、量的範囲が不明となるから、目的物の特定性が否定されるべきである。

原告は、右の確認を昭和五四年八月三一日までの訴外会社の在庫商品についてなしたにとどまり、本件物件は、その後の昭和五四年一〇月一七日から同年一一月二九日までの間に被告が訴外会社に売り渡したものであるから、本件物件について、その種類、所在場所、量的範囲について確認がなされていない以上、本件物件についての譲渡担保契約は目的物の特定を欠くものとして無効である。

2  対抗要件について

譲渡担保の対抗要件となるべき占有改定は、契約において占有改定をもつて引渡をするとの約定があるだけでは足りず、設定者がその占有物を権利者のために占有すべき意思を表示する必要があるが、本件物件については右の意思表示がなされていないから、原告は、譲渡担保による本件物件の所有権取得をもつて、被告に対抗しえない。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  目的物の特定について

本件譲渡担保契約では、担保物の所在場所は「訴外会社の第一ないし第四倉庫内及びその敷地とヤード」と指定され、担保物の種類、量的範囲については、右場所に存在する「全部の」「普通丸鋼、異形丸鋼その他の在庫品」として限定されているから、担保物の範囲は確定しており、目的物の特定に欠けるところはない。本件譲渡担保契約において担保物が特定されている以上、被告主張のように毎月一定の日に所在場所にある目的物の種類、数量を確認する必要はないし、本件物件は、訴外会社の第一倉庫、第二倉庫、第三倉庫及び第一倉庫と第四倉庫間のヤード内に所在する普通丸鋼及び異形棒鋼であるから、本件物件が譲渡担保の目的物となつていることは明白である。

2  対抗要件について

本件譲渡担保契約の目的物については、右契約により、訴外会社が目的物を指定された所在場所に搬入することによつてそれが集合物に構成され、当然に占有改定がなされたものとなるのであるから、被告は、民法三三三条の規定により、先取特権を行使することができない。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因事実について

1  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2  証人原口富士人及び同中野隆雄の各証言並びにこれらによつて真正に成立したものと認められる甲第一号証(但し、官署作成部分の成立は争いがない)によると、請求原因2(一)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

3  請求原因2(二)の事実は、弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

4  訴外会社が被告から本件物件を買い受けたことは当事者間に争いがなく、証人高橋稔、同原口富士人の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、訴外会社が本件物件を保管場所へ搬入したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三  被告は、本件譲渡担保契約においては、担保物の範囲が特定されていないから、無効であるのみならず、原告は本件物件について対抗要件を具備していないから、被告に対抗しえない旨主張するので、以下検討する。

1  本件譲渡担保契約における目的物の特定について本件譲渡担保契約における目的物は、訴外会社の保管場所に所在する普通棒鋼、異形棒鋼等一切の在庫商品とされており、右商品は、種類、数量が絶えず増減変動することが予定されているものといえるが、このような構成部分の変動する集合動産についても、その種類、所在場所及び量的範囲を指定するなどなんらかの方法で目的物の範囲が特定される場合には、一個の集合物として譲渡担保の目的となりうるものと解するのが相当である(最一小判昭和五四年二月一五日民集三三巻一号五一頁参照)。

これを本件についてみるのに、本件譲渡担保契約においては、目的物の種類の指定自体は「普通棒鋼、異形棒鋼等一切の在庫商品」という包括的なものではあるものの、その所在場所は、「訴外会社の第一ないし第四倉庫内及び同敷地、ヤード内」と特定の客観的に明瞭な一定の場所に限定されており、しかも「一切の」在庫商品を担保するものとしてその量的範囲が一義的に規定されているから、これらを総合して考えると、本件譲渡担保契約における目的物の範囲は特定されているということができる。

そうだとすると、本件譲渡担保契約の成立により譲渡担保の目的物の範囲が特定されている以上、訴外会社の保管場所に搬入された本件物件は当然に譲渡担保の目的物となるものであつて、本件物件は有効に譲渡担保に供せられたものというべきである。被告主張の確認手続は、単に担保物の現状を把握するためになされるにすぎないものと解するのが相当であるから、原告が右の手続をとらなかつたからといつて、譲渡担保の有効性に消長を来たすものではなく、この点に関する被告の主張は採用できない。

2  対抗要件について

被告は、訴外会社は原告のために本件物件を占有する旨の意思を表示していないから、原告は本件物件についての譲渡担保による所有権取得を被告に対抗しえない旨主張するが、本件のように構成部分の変動する集合動産について譲渡担保を設定した場合には、集合動産それ自体が譲渡担保の目的物となるのであるから、一たん集合動産について占有改定がなされると、後に加入する個々の物は集合動産の構成部分として当然に譲渡担保に服し、かつ対抗力を取得するものであり、個々の物について改めて占有改定の意思表示をすることは必要でないというべきである。

してみると、本件譲渡担保契約によつて、訴外会社は担保物件の所有権を原告に移転し、その担保物件を原告に代つて占有保管する旨の約定がなされているのであるから、本件譲渡担保契約成立時に集合動産についての占有改定はなされているものであり、訴外会社が被告から本件物件を買い受けてこれを約定の保管場所に搬入したことにより、その時点で本件物件は集合動産の構成部分として当然に譲渡担保の目的物となり、かつ原告は、これにつき対抗力を取得したものということができる。

従つて、この点に関する被告の主張も理由がない。

四  以上の説示によると、原告は、譲渡担保により本件物件の所有権を取得し、かつ占有改定による引渡を受けているものということができるから、民法三三三条により、被告は、もはや本件物件について先取特権を行使することができず、従つて、被告が本件物件に対してなした右先取特権に基づく競売手続は許されない筋合である。

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

物件目録

品名 異形棒鋼

一 保管場所 丸喜産業株式会社第一倉庫

〈省略〉

〈省略〉

二 保管場所 同会社第二倉庫

〈省略〉

三 保管場所 同会社第三倉庫

〈省略〉

〈省略〉

四 保管場所 同会社第一倉庫と第四倉庫との間のヤード内

〈省略〉

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